額を紡ぐひと/谷瑞恵


額を紡ぐひと
額を紡ぐひと

評価:★★★★★
2018年2月刊。
「伯爵と妖精」「異人館画廊」の谷瑞恵さんによる、オーダーメイドの額縁を手がける額装師の物語。
婚約者を失ったヒロインが、額装という仕事を通して過去に向き合っていくというストーリーです。
額縁というと絵を飾る枠のイメージしかなかったのだけど、本作で描かれる「額装」は自由な発想と優しい願いによって紡がれる救済の形。
他者のために、祈りを込めて様々な額装を施していく主人公の仕事ぶりはとても厳かで美しいものでした。
彼女に仕事を依頼するのは心に傷を抱えた人々であり、主人公自身も癒えない傷を抱えている。
そんな彼らの喪失と再生がとても優しく切なく語られていく作品だと思います。
谷瑞恵さんの語り口、本当に好きすぎてしんどくなる・・・・・・

☆あらすじ☆
彼女は額装師。手放せない想いに、ふさわしい居場所をつくるひと。『思い出のとき修理します』著者最新刊。事故で婚約者を喪った額装師・奥野夏樹。彼女の元には一見額装不可能で、いわくありげな依頼ばかりやってくる。ヤドリギの枝、小鳥の声、毛糸玉にカレーポット――。依頼人の心に寄り添い、時にその秘密を暴いてしまう夏樹。表具額縁店の次男坊・久遠純は、夏樹の作品の持つ独特な雰囲気に惹かれ、彼女自身にも興味を持つが。

以下、ネタバレありの感想です。

 

額装師という(個人的に)聞き慣れない職業の女性・奥野夏樹が主人公の本作。
物語は、額装を通して依頼人の秘密を知っていく夏樹が、彼らのためにオーダーメイドの額縁を作る姿を描いていきます。

 

私はこの作品を読んで「額縁」という概念を根底からひっくり返されたような気分になりました。
夏樹の元に舞い込む額装の依頼は、「宿り木」や「いなくなったセキセイインコの声」といった奇妙なものばかり。
額縁にいれるものといえば賞状や絵画のイメージしかなかった私は、まずここで「えっ、そんな物も額装できるの!?」と驚くことになったのです。

 

一見すると奇妙な依頼ばかりだけど、依頼品に込められているのは傷つき迷える依頼人達の心。
夏樹の仕事は単にサイズと形を整えた額縁を作ればいいというものではなく、依頼人すら知らない彼らの心のうちを丁寧に読み解き、彼らの救済を形にすることにあるのです。

 

いつまでも癒えない心の傷が目に見える何かとして存在する時、人はそれをどうするのか。
捨てることもできず、大事にすることも苦しい「ソレ」をどうすればいいのか。
癒着して切り離せないまま、じくじくと痛みを生んでいく「ソレ」はまさに「過去」そのもの。

そんな「過去」を夏樹の額縁は丁寧に区切っていくのです。

ここで何度も出てくるのが「祭壇」という言葉。
額縁を祭壇のようだと思ったことが私にはなくて、それだけにとても印象的なフレーズです。
「祭壇」とは、神仏・死霊などを祭り、供え物をささげる壇のこと。
届かないものや喪ったものに、祈りを込めた何かを捧げる場所といえるのではないでしょうか。
そういう風に考えるなら、過去と区切りをつけ、苦しみを乗り越えるための祈りが込められた夏樹の額縁は、まさに「祭壇」と呼ぶに相応しいものなのかもしれません。

 

夏樹の額装って、区切ることによって一歩引いた場所から「過去」を見ることでもあるんですよね。
額装されて見る「過去」は、夏樹が丁寧に拾い上げ、正しく繋ぎ直し、優しく紡ぎ上げたものであり、心に染み入るほどにあたたかい。
夏樹がひとつ仕事を仕上げるたびに、「額を紡ぐひと」というタイトルは秀逸だとしみじみ感じました。

 

傷ついた心を抱えるのは依頼人ばかりではなく、バス事故により婚約者を喪った夏樹自身もまた「過去」にとらわれている一人。
夏樹はなぜ額装師になったのか、なぜ縁のない街で仕事を始めたのか、なぜ池畠をじっと観察するのか。
物語が進むにつれて明かされていく夏樹の過去は悲しみと後悔と疑問に満ちたもので、その重さに胸が苦しくなります。
純が言うように、「誰が夏樹の心を額装してくれるの?」と不安にならずにいられませんでした。

 

たぶん彼女自身の額装に必要だったのは、額装師という仕事と、彼女の心を知ってくれる誰かの存在だったんだろうなぁ。
夏樹が依頼人の心に触れて額装するように、夏樹の心に触れる誰かの存在を通して夏樹自身が自分を額装していったのだと思うのです。
夏樹にかまう純の存在が時間を止めていた夏樹の心を乱し、それが夏樹の「過去」と「現在」を区切っていく。
池畠の人となりと真実を知ることで、婚約者の喪失という過去を正しく繋ぎ直し、優しく紡ぎあげていく。
自分一人ではうまく区切ることができなかった過去を、他者の手を借りて区切り、見つめ直していくというのは、まさしく夏樹の額装師としての仕事そのものと言えるのではないでしょうか。

 

優しく、厳かで、美しい額装の世界。
そこで描かれる喪失と再生の物語がとても素晴らしい作品でした。

 

余談だけど、純が夏樹に絵を見せたシーンの「あなた、傷つけられたいんでしょう?」「わたしも傷つきたい「傷つけられるのは、もういやだな」っていう流れがとても好きです。
心の傷を見せあって、これ以上ないほど傷ついているのに、まだ足りないとばかりに傷つけられることを望んで・・・・・・でも二人とも優しいから傷つけることなんて出来なくて。
傷の舐めあいっていうけれど、傷を舐めるのは癒やそうとする行為なんですよね。

傷つけ合えるくらいそばにいるなら、慰め合うこともまた、できるのだろうか。

夏樹と純の関係はこの一文に集約されているような気がして、弱さを分かち合うような雰囲気がとても好きでした。

 

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