汚れた赤を恋と呼ぶんだ(階段島シリーズ3)


『汚れた赤を恋と呼ぶんだ』(河野裕著/新潮文庫nex)★★★★☆

汚れた赤を恋と呼ぶんだ (新潮文庫nex)
汚れた赤を恋と呼ぶんだ (新潮文庫nex)

前巻の感想はこちらから


2015年12月刊。
シリーズ第1作「いなくなれ、群青」と対をなす物語。
階段島の外で何が起こっていたのかがようやく分かってスッキリしました。
七草も真辺も繊細すぎてもどかしい・・・・・・。

☆あらすじ☆
これは僕の失恋であり、同時に、初恋の物語だ。
七草は引き算の魔女を知っていますか――。夏休みの終わり、真辺由宇と運命的な再会を果たした僕は、彼女からのメールをきっかけに、魔女の噂を追い始める。高校生と、魔女? ありえない組み合わせは、しかし確かな実感を伴って、僕と真辺の関係を侵食していく。一方、その渦中に現れた謎の少女・安達。現実世界における事件の真相が、いま明かされる。心を穿つ青春ミステリ、第3弾。

以下、ネタバレありの感想はこちらから

 

シリーズ3作目となる今回は、「引き算の魔女」を探す「現実世界の七草」の物語。
「階段島の七草」にとっての空白の時間に何があったのか、七草が魔女に願って捨てたものは何だったのかがようやく明らかになりました。

 

毎度読む度に思うのですが、七草は本当に真辺を好きすぎなんですよね。
透明感のある文章で淡々と書かれているからすんなり読めるものの、七草が持て余しているのはなかなか強烈にエゴい感情。
「愚かな理想主義者」である真辺を愛し、彼女の変化を受け入れがたく感じる七草が、そんな自分の感情を「信仰」と呼ぶのも頷けるものがあります。
高校生が高校生に対して抱くような感情じゃないですから。
七草は真辺を遠い存在だと思っていることが良く伝わってくる表現だと思います。彼女を「星」に例えたことも然り。
たった16歳の女の子に一体何を求めてるんだ、キミは・・・・・・。

 

そして、その「信仰」こそが七草が魔女に頼んで捨ててしまったもの。
階段島の七草は自分が捨てた自分を「悲観主義」だと推測していましたが、本当はこんなにも具体的、というか真辺のことだけだったんですね。
星に例えた存在への信仰を捨てたとき、はじめて七草は真辺を自分の場所まで降ろして見ることができたのでしょうか。
自分と同じ場所に立ち、自分と同じ感情を返してくれるかもしれない少女だとようやく気づくことができたのでしょうか。

 

かつての感情が恋かどうか分からない、今の感情こそを恋と言うのかもしれない。
初恋は終わったのか、始まったのか。

自分の感情の変化をどう捉えるべきか、揺れるように想いをはせるラストの七草がとても人間味があって印象的。
彼の心境を感傷的に描きながら「汚れた赤を恋と呼ぶんだ」とタイトルに戻る長い独白は、思わず何度も読み返したくなるくらい強く心を惹きつけるものでした。

 

一方の真辺が捨てたものについても、七草と通じるものがあって。
結局、このふたりは互いに互いを絶対視しすぎていたのかな。人間が絶対的なものではあり得ない以上、そんな関係に無理が生じるのは当然の成り行きだったのでしょうか。
魔女のことがなくても折り合いをつけていけたんじゃないかって気もしますが、それぞれが失った想いを新たな想いに変えて同じように寄り添っていけるのかな。
・・・・・・真辺が傷ついた理由を未だに分かってなさそうな七草が不安ですが。

 

さて、ラストで階段島に上陸した安達の存在がとても不穏な空気をまき散らしています。これは続きが気になる。
4巻を楽しみに待ちたいと思います。

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