ヴァンパイアノイズム


『ヴァンパイアノイズム』(十文字青著/一迅社文庫)★★★★☆

ヴァンパイアノイズム (一迅社文庫)
ヴァンパイアノイズム (一迅社文庫)

前巻の感想はこちらから


2009年9月刊。
第九シリーズ第2弾。
といっても、全く別個の物語なんですね。
舞台が第九高校であることと小野塚那智が登場することだけが共通で、後は本当に無関係。
今回は吸血鬼になりたい少女と、彼女の「実験」を手伝うことになった少年の物語。
高校時代というか、もう少し子どもの頃に苛まれた悪夢を思い出す青春小説でした。
「ぷりるん。」は色々強烈でしたが、こちらはややおとなしめかな。でもとても好きです。

☆あらすじ☆
よんじょうしいか【四條詩歌】
家が隣同士の幼馴染み。初恋の相手から、歴代の好きな人、初体験の相手まで知っている。僕の部屋の気の置けない住人。
おのづかなち【小野塚那智】
第九高校電研部部長。かなりの美人だけど、そうとうの変わり者らしい。クラスでの小野塚那智観賞は僕の趣味。
はぎおきほ【萩生季穂】
ろくに話したこともないクラスメイト……あと伊達眼鏡。なぜか突然「わたしを手伝ってくれない」と言われた。
ヴァンパイアノイズム[vampire:no:ism]
第九高校を舞台にした、せつなくて、ほんの小さな青春ラブストーリー

以下、ネタバレありの感想です。

 

クラスメイト萩尾季穂の自殺を予感させる行動を見てしまった高校生片桐ソーヤ
気になって萩尾を尾行したソーヤは、それに気づいた彼女から「吸血鬼」になるのを手伝ってほしいと頼まれる、というのが本作のストーリー。

 

吸血鬼になるために動物の血を飲もうとしたり、傷口をペロペロしたりと、前半はアブノーマルな雰囲気に呑まれてしまいますが、本作で重要なのは「なぜ萩尾が吸血鬼になりたいのか」という動機の部分。

 

その動機を知って萩尾の恐怖に呑まれるように「死」に囚われて暴走するソーヤの姿には、どこか懐かしいものを感じました。

 

死んだらどうなるのだろう。
今見ているものが見られなくなって、今考えていることが考えられなくなって?
自分というモノが無くなってしまって?
そうなったら、どうなるの???

 

っていう、どうやっても答えが絶対に出ない問いに苛まれたことって誰もが一度はあるのではないでしょうか。
小学生や中学生の頃に、「死ぬのイヤだ怖い怖い怖い」って泣きそうになりながら夜眠れなくなっていたことを思い出しました(;`・ω・)
あれこそ起きながらにして見る悪夢だったなぁ。考えたってどうしようもないのに思考が止まらないんですよね。考えていないときもフラッシュバックして恐怖で心が軋むのです。

 

とはいっても、流石に高校生くらいになると小野塚那智のように諦念と共に疑問を捨ててしまっていましたが。
考えても仕方ないことを考えても仕方ない、ということをやっと心が受け入れてくれたというか。

 

それでも、やはり何かにつけて考えるのが「死」というもの。

そこで考えるのは「死」そのものよりも、途中でソーヤが考え始めたような「残り時間」のこと。
自分は「残り時間」の間に何を残せるのだろうか、というのは今も頻繁に考えます。あそこまでガッツリ思い悩んだりは流石にしませんが、ぼんやりと「何をしようかなぁ」ってくらいは。
本当はもっとちゃんと考えるべきなんですよね。最期まで自分の残すべきものを考え抜いて生きていたい。生きていけたらいいなぁ。

 

ソーヤたちの苦しみ全てを等身大で共感できるわけではないけれど、そんな時代もあったなぁ、とか、それは今もちょっと分かるなぁ、とか、そういう懐かしくも常に傍にある感情を思い出させてくれる作品でした。
そして青先生の死生観が好きすぎることを再確認する作品でもありましたw

 

ちなみにラストシーンがとてもお気に入りです。
「わたしは星になる」というセリフが素敵。儚いほど繊細な余韻が良いのです。
まぁ一瞬、自殺の宣言かとドキっとしましたけど(´・ω・`)

ソーヤといることが楽しかった、だからこそ怖くなる、と泣いていた萩尾を思い出しつつ、彼らが穏やかに死ぬその時まで共にあってくれるよう祈らずにはいられません。

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