されど僕らの幕は上がる。1


『されど僕らの幕は上がる。 SCENE.1』(喜多見かなた著/角川スニーカー文庫)★★★★☆

されど僕らの幕は上がる。Scene.1 (角川スニーカー文庫)
されど僕らの幕は上がる。Scene.1 (角川スニーカー文庫)【Amazon】【BOOK☆WALKER】

2015年8月刊。
リアリティーTV「シェアハウス」のキャストとして共同生活をする7人の少年少女の物語。
モデルとなってるのはフジテレビの「テラスハ●ス」でしょうね。チラっと観たことがある程度ですが、あの番組の雰囲気がよく出ているように感じました(ほとんど観てないので細部の違いは分かりませんが)。
「台本のないありのままの青春」をショーとして提供する一方、番組に隠された「何か」を感じ取っていく主人公達。
彼らはなぜキャストに選ばれたのか。この番組の目的は何なのか。
根幹を揺るがしかねない大きな謎を抱えつつ、テレビ用の「虚構の青春」と素の少年達の「等身大の青春」が交錯する面白い作品でした。

☆あらすじ☆
人生に『台本』なんて存在しない。だから、俺たちの今を、××と呼ぶんだ。
憧れのアイドルひなたに会うため、リアリティーTV「シェアハウス」に参加した涼太。苛烈なひなたの素に戸惑いながら慣れ始めたのも束の間、サポートしてくれていた琴の卒業で『台本のない青春』は崩れていき…!?

以下、ネタバレありの感想です。

 

リアルな青春をテレビに映し出すバラエティ番組「シェアハウス」
中学浪人によって人生のどん底にいた香椎涼太は、人生のやり直しと、大切な言葉をくれた青葉ひなたに会うため「シェアハウス」のキャストとして参加することになります。しかし「シェアハウス」にいたのは、テレビ用の「設定」とはかけ離れた素顔を持つキャストたちだったのです。

 

制作スタッフに用意された「設定」の顔を作り、キラキラとした青春を体現していく「キャスト」である少年少女。

序盤は涼太同様そのギャップに戸惑い、あくまで打算的な「青春」の舞台裏に嫌悪感が湧いてきました。やっぱりテレビってこんなもんよね、という諦観ともいえるかな。カメラが回っている間に作られる嘘くさい雰囲気がとても気持ち悪かったです。

 

その一方で、人生に躓いて悩み苦しむ涼太たちの姿には強い共感も感じて、再起に賭ける想いを知るほどに嫌悪は薄れていきました。

爽やかな10代を演じる一方で、貰った寄せ書きは「感動の押し売り」だと燃やし、うまくいかない人生に自嘲し、苛立ちを他人にぶつけてしまう。
そうやってカメラが回っていない舞台裏では、涼太たちの剥き出しの素顔が衝突していくのです。

彼らの「等身大の青春」は、テレビ用に作り上げられた「虚構の青春」と違ってキラキラとしてはいません。けれど、現状を打破しようと四苦八苦する姿には強く心を惹きつけるものがありました。

苦しんだり悩んだり迷ったり怒ったり、理不尽な現状をどうにかしたいと足掻いたり。
卒業させられた琴に、言葉を届けるためだけに必死にアイディアを探したり。
この泥臭さこそリアルだろ!という強いメッセージを感じました。そして、その泥臭さこそ私は好ましく感じるのです。

 

キラキラしているとは言えなくても、彼らが琴を想って必死に行動する姿は、私が見たかった「青春」そのものでした。
過ごした時間が短くても確かな絆が生まれるのだと思えば、嘘にカバーされたぎこちない共同生活にも希望を感じることができそうです。
「シェアハウス」内で涼太たちが視聴者に見せる「青春」は虚構でも、その舞台裏で彼らが本物の青春を送る姿を見ていきたいなぁ。

 

涼太達の二つの青春を描きつつ、後半になると物語はある大きな謎を示し始めます。
新幹線爆破事件とキャストたちにはどんな関係があるのか。
「シェアハウス」はどんな目的を持って作られた番組なのか。
多々良の言う「あの子」とは誰なのか。

気になる謎を抱えたまま、物語は次巻へと続きます。
涼太達の人生を賭けた共同生活はどうなってしまうのでしょうか。
2巻もとても楽しみです!

スポンサーリンク
 
0

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。