我もまたアルカディアにあり


『我もまたアルカディアにあり』(江波光則著/ハヤカワ文庫JA)★★★☆☆

我もまたアルカディアにあり (ハヤカワ文庫JA)
我もまたアルカディアにあり (ハヤカワ文庫JA)【Amazon】【BOOK☆WALKER】

2015年6月刊。
なかなか感想を書くのが難しい作品でした(^^;)
「終末に備えて」人々が収容され暮らし続けるアルカディアマンション。そこの住民であるオッドアイの一族をメインに描かれる物語です。
引き込まれるように最後まで一気に読んでしまったのですが、振り返ってみると「これはどういう話だったと考えるべきなのだろう?」と唸ってしまいました。
とりあえず、「万人に等しく理想郷」なんてものはないんだろうなぁと、タイトルの皮肉だけが心に残りました。

☆あらすじ☆
我々は世界の終末に備えています―そう主張する団体により建造されたアルカディアマンション。そこでは働かずとも生活が保障され、ただ娯楽を消費すればいいと言うが…創作のために体の一部を削ぎ落とした男の旅路「クロージング・タイム」、大気汚染下でバイクに乗りたい男と彼に片思いをする不器用な少女の物語「ラヴィン・ユー」など、鬼才が繊細な筆致で問いかける閉塞した天国と開放的な煉獄での終末のかたち。

以下、ネタバレありの感想です。

 

この物語は「御園洛音」を中心に、彼のオッドアイを受け継いだ一族が、アルカディアマンションでどのように暮らしているのかを世代を超えて描かれていきます。

時系列が章ごとに前後する上に、一人称視点のたくさんの「御園」が出てくるため、若干の読みづらさはあります。あと時系列がどこにあるのかちょっとわかりにくかったかな。整理がてら感想を書いていきますね。

 

まず、数字を打たれた章は御園洛音のお話これが作品全体の主軸となっていきます。
実妹フーリーと「夫婦」のような関係になった男。どこか虚無感を纏って人の干渉を拒絶していた洛音が、家族が増える度に普通の人間のように愛情を抱き始め、最後はフーリーを恋しがるというのが印象的でした。

 

「クロージング・タイム」は御園洛音の子孫である御園珊瑚が出てきていますし、アルカディアマンションの住人たちの姿や状態も様変わりしていますから洛音の時代からだいぶ後なのでしょう。
自分の選んだ道に少しでも最適化するために、不要なものは全て削ぎ落とす。そんなイキモノになってしまった人の不気味さが怖いお話でした。
理想郷にあっても、才能の有無、持つ者と持たざる者という隔たりに人は深く囚われ続けているのだぁ、と少し寒くなりました。

 

「ペイン・キラー」はアルカディア・マンションらしきものを作っている御園陽太のお話。
これ時系列がよく分からないのですが、喫煙習慣が廃れているところや大気汚染をみるに、たぶん洛音の後の世代?かな?

 

「ラヴィン・ユー」御園茉莉がバイク狂の男へ恋した少女時代のお話。
彼女は御園珊瑚のひ孫なので、さらに時代は後になるわけですね。
こういう初恋はマズいと思う。その後一生の性癖にまで影響する。に笑ってしまいましたw

 

「ディス・ランド・イズ・ユア・ランド」は洛音から2世紀以上後のお話。
最適化の行き着く果ての人間、という感じでした。そんな彼らが「煉獄」を名乗ることに何とも言えない気持ちになってしまいます。

 

 

終末のような変動が起こっても世界は終わらないし、人は変わらない。
「理想郷」に閉じこもった人間達は本質的なものは変わらないけれど、誰かにとっての「理想」に基づいて最適化だけが進んでいく。

けれど、人生は無駄の隙間に意味がある

「理想郷」で最適化されて、本来の人間的なアレコレが大きく変質しても、人間の根幹的な愛情や承認欲求などの欲望は変わらないのです。全ての人への理想郷なんてものはなく、人は無駄にこそ夢を求め、だからこそ無駄のない世界にあがいてもがく人間がいるのでしょう。

 

そんな感じの話だったのかなぁと私は受け取りました。
よくわかってないんで、見当違いな気もしますけど。

 

「外の世界」である煉獄で生きている人々についてはさらによくわからなかったです。テロとか革命云々とか。
フーリーが家族のために戦っていたことくらいしかわからなかった・・・・・・

 

とりあえず「我もまたアルカディアにあり」ってタイトルはすごい皮肉だなぁというのが一番強く感じたことでした。
こんな世界で、一体誰がアルカディアにあるというんでしょうか・・・・・・?

 

もう少し時間をおいて、もう一度読み返したい作品でした。すぐさま2周するにはエネルギーを奪われすぎたので・・・・・・。
江波さんの他の作品も読んでみたいなぁ(・ω・`*)

スポンサーリンク
 
0

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。