鹿の王 上・下


『鹿の王(上・下)』(上橋菜穂子著/角川書店)★★★★★

鹿の王 上 ‐‐生き残った者‐‐ (角川書店単行本)
鹿の王 上 ‐‐生き残った者‐‐ (角川書店単行本)

先日国際アンデルセン賞を受賞されたことや、「守り人シリーズ」の綾瀬はるかさん主演でドラマ化することが話題になった上橋菜穂子先生の待望の新作です。
期待して読んだのですが、全く裏切られませんでした。本当に面白かった!
上橋先生のファンタジー世界は細部まで丁寧に作り込まれているところが魅力だと思っているのですが、この「鹿の王」もまた、まるで実在するかのようにリアルな脈動を感じさせる世界観でした。
この作品の公式PVがとにかくすごいので、まずは見てほしいです。

物語は、ある恐ろしい病に関わってしまった2人の男が、その病の背後にある複雑に絡み合った真実に向き合っていくことになるというもの。冒頭からラストに至るまで、無駄なエピソードは欠片もなく、読み終わってから「あれはこういうことだったのか!」「これはそんな意味だったのか!」と唸るばかりでした。

☆あらすじ☆
強大な帝国・東乎瑠にのまれていく故郷を守るため、絶望的な戦いを繰り広げた戦士団“独角”。その頭であったヴァンは奴隷に落とされ、岩塩鉱に囚われていた。ある夜、一群れの不思議な犬たちが岩塩鉱を襲い、謎の病が発生する。その隙に逃げ出したヴァンは幼子を拾い、ユナと名付け、育てるが―!?厳しい世界の中で未曾有の危機に立ち向かう、父と子の物語が、いまはじまる―。

以下、ネタバレありの感想です。

物語の主人公は2人。
一人は、アカファ岩塩鉱で奴隷として働かされていたヴァン
黒い獣のもたらした謎の病によって岩塩鉱の人間が全滅する惨劇を生き残ったために、ヴァンは病の裏に潜む様々な人々の思惑に巻き込まれていきます。

もう一人は、天才医術士ホッサル
彼もまた謎の病の解明をしていく過程で、その裏に潜む様々な真実に直面していくことになります。

 

物語はヴァンとホッサルの二人に交互にスポットを当てつつ、病の正体である「黒狼熱」とそれを利用とする様々な立場の人々の思惑、そしてその根底にある社会の問題を描き出していきます。
帯で、養老孟司先生が「冒険小説を読んでいるうちに、医学を勉強し、さらに社会を学ぶ」というコメントを寄せていらしたのですが、まさにそれに尽きる作品でした。

 

まず冒険小説として面白い。
黒狼熱を乗り越えたことで不思議な感覚を得たヴァンとユナ。
現代的な医学的知見を持ち、黒狼熱の治療法を解明しようと奔走するホッサル。
どちらも物語の中で多くの人々に出会い、彼らの置かれる境遇を知り、時には危険な目にあったり不思議な体験をしたりしていきます。
そして彼らが歩んでいくのは上橋先生が作り出す極上のファンタジー世界なのです。
用語一つをとっても丁寧に作り込まれた世界で、そこに住む人々の息づかいや、木々の生い茂る森の青臭さが脳裏にリアルに想起できるこの感覚が本当にクセになります。
そんな世界で様々な場所を行き来する主人公たちの冒険は、決して派手なアクションではないのに、次に何が起こるのかドキドキして仕方ありませんでした。

 

次に医学的なあれこれが面白い
「黒狼熱」がどういう病であるのかを説明する過程で、ホッサルたち医術士の口を借りてウイルスやワクチンなどの概念が異世界風に噛み砕いて説明されているのですが、これが本当にわかりやすく、私もマコウカンと一緒にホッサルから学んでいるような気分になりましたw
医学関連に関しては、全く異なる思想に根ざした二つの医学のすれ違いが印象的でした。
生かすためにはどんな手段を使っても救いたいというホッサルのオタワル医療の考え方と、どう生きてどう死ぬかが重要なのだと考える東乎瑠の祭司医の考え方。
現代的な考え方にみえた前者の思想が、まさかラストでゾッとする一面を見せてくるとは思いませんでした。
医学の進歩のために犠牲にすべきものは何なのか。少なくとも、祭司医の考え方を押さえ込むためにとった手段は人間的なものでは決してなかったことが、空寒い気持ちにさせられました。

 

そして、全ての要素が人々を蝕む社会構造を描き出していく
ヴァンたちやホッサルの行動によって明らかになっていくアカファ王国と東乎瑠帝国の関係が生み出した社会問題の深い闇。
同時に、それまで医学的に語られていた要素がそのまま社会構造にも同じ事が言えるのだということに気づかされたときは鳥肌がたちました。
上手く言葉が思いつかなくてもどかしいのですが、アカファ王国と東乎瑠帝国の関係や土着の氏族と移住民の関係といった、一連の事件の根底にある社会問題を医学的な比喩で表現していこうとする構造の物語なのだと感動したのです。
一方では貧しい土地に美味しい食べ物を持ち込んでくれた移民の妻に感謝するオゥマたちがいて、もう一方では火馬の民が移住民との軋轢の果てにテロを起こす。
アカファと東乎瑠の関係も、一方的な支配隷属というわけでは決してなくて、隣国からの侵略阻止などのメリットはちゃんとある。
仲良くすることもあれば戦うこともあるという社会構造は、良いことも悪いこともする体内の多くの生物の関係と似ていて、それはそのまま人間と自然の関係にも言えるし世界全体の構造にも言えるのでしょうね。
なんだか壮大すぎてクラクラしてしまいます。目眩がするような読後感ですが、それがすごく心地が良かったです。

 

そんな壮大な物語を駆け抜けたヴァン。
ホッサルも主人公ですが、私にとってこの物語の主人公はヴァンでした。
家族をなくして虚無の中にいたヴァンが、ユナと出会い、トマたちと出会い、もう一度「家族」を取り戻す物語でもあるのだと受け取ったからです。

自らの命を賭して次代の命を繋ぐ「鹿の王」のようだったラストのヴァンの行動。
でも、すでに孤独ではなくなっていた彼には、追いかけてくれる「家族」がいるんですよね。
不思議な絆を持ったユナがヴァンを見つけ、きっとまた皆でなかよく飛鹿を育てて生きていく平穏な生活に戻れるのだろうと、私は信じています。

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